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福井地方裁判所 平成11年(行ウ)14号 判決 2000年11月01日

原告

原告ら訴訟代理人弁護士

黒田外来彦

被告

福井税務署長 山川隆義

右指定代理人

長谷川鉱治

細呂木谷正義

清水多美江

升田佐吉

川上正樹

藤村弘成

喜多敏昭

殿村幹夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が亡丁の平成七年分の所得税について平成九年一二月二二日付けでした更正処分のうち、分離課税の長期譲渡所得金額を五七八一万二六〇〇円とした部分全部及び納付すべき税額を一五五一万七一〇〇円としたうち一一万五一〇〇円を超える部分並びに同日付けでした過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告が原告らの被相続人亡丁に対してした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分は、いずれも亡丁に譲渡所得が発生していない(亡丁のした土地の売却は代理人を介してのものであるところ、亡丁と右代理人間の右売却に係る委任契約を、右代理人の詐欺によるものであることを理由に取り消したから、亡丁に右土地売却に係る代金は帰属していない)ので、右各処分は違法であるとして、原告らが、被告に対し、右各処分の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実及び証拠上明らかに認められる事実

1  亡丁は、戊を代理人として、平成七年一月三一日付けで、株式会社Aとの間で、福井市高木中央宅地三七二・一三平方メートル(以下「本件土地」という。)を代金六一九〇万八〇〇〇円で売却する旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

2  そして、本件土地については、平成七年二月二八日付けで亡丁からAに対し、右売買を原因とする所有権移転登記がされた。また、本件売買契約に係る代金(以下「本件売買代金」という。)は、全額、Aから亡丁の代理人である戊に支払われた。

3  亡丁は、平成八年三月一五日付けで、被告に対し、平成七年度の所得税の青色の確定申告書(分離課税用)を提出した。右確定申告書には、農業所得、不動産所得及び分離課税の長期譲渡所得金額が記載され、また、右分離課税の長期譲渡所得金額の計算に当たっては、租税特別措置法(以下「措置法」という。)三七条四項の規定による買換資産の特例を適用する旨が記載されると共に、「買換え承認申請書」が添付されていた。

4  亡丁は、平成九年三月一七日付けで、被告に対し、本件売買契約に関する上申書を添付した平成七年分所得税の更正の請求書を提出した。

5  被告は、平成九年一二月二二日付けで、亡丁に対し、右更正の請求について、更正をすべき理由がない旨の通知処分をすると共に、亡丁が買換えの特例に係る買換資産をその取得期限である平成八年一二月三一日までに取得した事実が認められないから、買換資産の特例を適用することができないとして、平成七年度の分離課税の長期譲渡所得金額を五七八一万二六〇〇円(これは、本件売買代金六一九〇万八〇〇〇円から、必要経費の額としてその一〇〇分の五である三〇九万五四〇〇円及び長期譲渡所得の特別控除額一〇〇万円を控除した額である。)、配偶者控除額を四八万円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税を一七〇万二〇〇〇円とする賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と併せて「本件各処分」という。)をした。

6  亡丁は、平成一〇年九月一六日に死亡し、原告らと訴外戊が亡丁の納税義務を承継した。

7  なお、亡丁の平成七年度の所得金額は、右分離課税の長期譲渡所得金額を除いて当事者間に争いがない。

二  争点

亡丁には本件売買代金に係る譲渡所得が発生しているか

(被告の主張)

1 本件売買契約は、亡丁が戊を代理人として締結したものであり、本件売買代金は、全額、Aから戊に支払われているから、本件売買代金は本人である亡丁に帰属している。

2 譲渡所得とは、資産の譲渡による所得をいい、その本質は、キャピタル・ゲイン、すなわち所有資産の価値の増加益であって、譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が譲渡によって所有者の支配を離れて他に移転するのを機に、その所有期間中の増加益を精算して課税する趣旨のものである。

したがって、課税の対象たる譲渡所得は、資産を譲渡しその対価を取得することによって初めて発生するものでなく、資産の値上がりという事実によって既に発生しているものであり、このいわば潜在的に発生している所得が譲渡行為によって顕在化したときに、課税の対象たる譲渡所得として把握されるものである。したがって、譲渡所得の発生には、現実に譲渡の対価を取得したか否かを問わないものであって、資産の有償譲渡についていえば、譲渡の対価を現実に取得したときでなく、譲渡の対価を取得し得る権利を確定的に取得したときをもって、譲渡所得発生の時としているものと解すべきである。そうすると、本件においても、本件売買代金が現実に亡丁の手に渡っていなかったとしても、本件売買契約が確定的に成立し、本件土地は確定的にAに譲渡されている以上、亡丁には本件売買代金にかかる譲渡所得が発生したものと解するべきである。

そうすると、亡丁の平成七年度の分離課税の長期譲渡所得金額は五七八一万二六〇〇円(これは、本件売買代金六一九〇万八〇〇〇円から、必要経費の額としてその一〇〇分の五である三〇九万五四〇〇円及び長期譲渡所得の特別控除額一〇〇万円を控除した額である。)となる。

3 また、本件売買契約に関する亡丁と戊の間の委任契約(以下「本件委任契約」という。)は、戊の詐欺によるものではない。

4 更に、行政処分の取消し又は変更を求める訴えにおいて、行政処分後の事情の変動はしん酌すべきではないところ、亡丁が平成八年三月ころに戊に対し本件委任契約を取り消す旨の意思表示をした事実は認められず、亡丁の相続人である原告らが戊に対し本件委任契約を取り消す旨の意思表示をしたのは、本件各処分後である平成一一年九月八日であるから、右は本件各処分の適法性に影響を与える事実ではない。

仮に亡丁が平成八年三月ころに戊に対し本件委任契約を取り消す旨の意思表示をしたとしたとしても、それは、亡丁と戊との間の権利関係の変更であり、本件売買契約に何ら影響を与えるものではない。すなわち、前記のとおり、譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が譲渡によって所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、その所有期間中の増加益を精算して課税するという趣旨のものである以上、事後の行為によって課税根拠を失わせることは課税の法的安定性を害し、許されないと解するべきである。

(原告らの主張)

1 本件売買契約は、戊が、当初から亡丁に代わって農地の買換えをする意思がなく、同人に代わって受領した本件売買代金を自身の債務の弁済に充てる意図であったのに、これを秘して、同人に農地の買換えのためであると述べて同人を欺き、同人との間で本件委任契約を締結して本件売買契約に係る代理権の授与を受けたものであり、実際にも、戊は、亡丁に代わって受領した本件売買代金を自身の債務の弁済に充てているのであり、本件委任契約は戊の詐欺によるものである。

そして、平成八年三月ころには亡丁が、また、平成一一年九月八には亡丁の相続人である原告らが、それぞれ戊に対し本件委任契約を取り消す旨の意思表示をしたことにより、本件委任契約は遡及的に無効となり、戊が亡丁の代理人として本件売買代金の受領行為も遡及的に無効となったから、本件売買代金は遡及的に亡丁に帰属しなかったことになる。

2 行政処分の取消訴訟において、行政処分の違法性判断の基準時として行政処分時の事実状態を基準として処分の適否を判断するとしても、右のとおり、亡丁が戊に対し本件委任契約を取り消す旨の意思表示をしたのは本件各処分の前である平成八年三月ころであるから、右は本件各処分の適法性に影響を与える事実である。

3 また、本件売買契約は戊の亡丁に対する詐欺により締結されたものであって、亡丁の右契約の締結には錯誤があり、右錯誤は右契約の要素に関するものであるから、右契約は無効である。

第三争点に対する判断

一  本件売買契約は、亡丁が戊を代理人として締結したものであり、本件売買代金は、全額、Aから戊に支払われているから、右時点において、本件売買代金は本人である亡丁に帰属し、同人に右代金に係る譲渡所得が発生したことは明らかである。

二1  これに対し、原告らは、戊に本件売買契約に係る代理権を与えた本件委任契約は、戊の詐欺によるものであり、平成八年三月ころには亡丁が、また、平成一一年九月八日には亡丁の相続人である原告らが、それぞれ、戊に対し本件委任契約を取り消す旨の意思表示をしたから、本件委任契約は遡及的に無効となり、戊が亡丁の代理人としてした本件売買代金の受領行為も遡及的に無効となったので、本件売買代金は遡及的に亡丁に帰属しなかったことになる旨主張する。

2  しかし、次のとおり、平成八年三月ころに、原告らが戊に対して本件委任契約を取り消す旨の意思表示をしたと認めるに足りる証拠はない。

すなわち、この点につき、証人戊は、亡丁の親族である己から、平成八年五月ころ、「代替地の提供ではなく、金を返してくれ」と言われたと証言する。しかし、己の右発言が亡丁の代理人又は使者の立場でされたことを示す的確な証拠はない上、その趣旨・内容をみても、ある契約上の効果を消滅させる意思が明確に表れているとも、その対象となる契約が特定されているともいいがたく、本件委任契約の取消しの意思表示と一義的に解されるものとはいえない。また、己ないし他の亡丁の親族が、同年一〇月ころ、戊の要請を受けて、亡丁名義で、買換物件の取得に必要な農地法三条の許可を受けるために必要な耕作証明願及び誓約書を作成し、福井市民近町農家組合長及び福井市農業委員会の耕作証明を取得して戊に渡したことが認められること(証人戊の証言及び乙9の2、3)からすれば、亡丁はこの時点でもなお戊に買換物件の取得を依頼する関係にあったということができるが、このことは、己の右発言が本件委任契約の取消しの意思表示であることとは相容れないものである(なお、右は、右耕作証明願及び誓約書が原告らが主張するような形式的なものであったか、戊が原告らを欺いたことによるものであったか否かに係わるものではない。)。このようにみると、己の右発言をもって、亡丁から戊に対して本件委任契約の取消しの意思表示がされたと認めることはできないというべきである。

そして、他にこの時期に亡丁が戊に対して本件委任契約を取り消す旨の意思表示をしたと認めるに足りる証拠はない。

3  他方、平成一一年九月八日に亡丁の相続人である原告らが戊に対して本件委任契約を取り消す旨の意思表示をしたことは認められるが(甲2の1、2)、本件各処分は平成九年一二月二二日付けでされたものであるから、本件各処分の時点では本件委任契約はなお有効であり、本件売買代金は亡丁に帰属していたことが明らかである。

そして、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分の取消訴訟における処分の違法性判断の基準時は、処分時と解するべきであるから、本件各処分後に本件委任契約が取り消された事実は、本件各処分の適法性を左右するものではないというべきである。このように解しても、原告らとしては、本件委任契約を取り消す旨の意思表示をした後二か月以内に更正の請求をすることができる場合があると解されるから(国税通則法二三条二項三号、同法施行令六条一項二号)、その利益は害されない。

4  なお、原告らは、平成九年三月一七日付けで亡丁が被告に対してした更正の請求において、亡丁が戊に対して本件委任契約を取り消す旨の意思表示をしたことが主張されている旨主張するが、詐欺取消しの意思表示は、契約の相手方に対してしなければならないところ、右更正の請求において請求書に添付された上申書(乙4の2)や裁決書(甲1)の2(1)イ(イ)のG、H項に表れた亡丁の主張は、いずれも被告に対してされたものにすぎないから、これによって原告らが戊に対して取消しの意思表示をしたと認めることはできない。

三  また、原告らは、本件売買契約は戊の亡丁に対する詐欺により締結されたものであって、亡丁の右契約の締結には要素の錯誤があるから、右契約は無効である旨主張する。しかし、代理行為としての意思表示の瑕疵の有無は、代理人について決するのであるから(民法一〇一条一項)、原告ら主張のように戊の詐欺により亡丁に錯誤が生じたからといって、本件売買契約が錯誤により無効になるものではない。

四  そうすると、亡丁には、本件売買代金六一九〇万八〇〇〇円が帰属し、右代金に係る譲渡所得が発生しているから、被告が、本件各処分において、亡丁の平成七年度の分離課税の長期譲渡所得金額を、本件売買代金六一九〇万八〇〇〇円から必要経費の額としてその一〇〇分の五に相当する三〇九万五四〇〇円及び長期譲渡所得の特別控除額として一〇〇万円をそれぞれ控除した額である五七八一万二六〇〇円としたことは適法である。

そして、他に本件各処分の適法性に疑いを入れるような事情は存在しない。

五  よって、原告らの請求はいずれも理由がない。

(口頭弁論終結日 平成一一年八月三〇日)

(裁判長裁判官 小原卓雄 裁判官 酒井康夫 裁判官 岩﨑邦生)

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